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辞典等の主要語義の解説
広辞苑では、次のような語義をあげている。
  • 親兄弟のいつくしみあう心。ひろく、人間や生物への思いやり。
  • 男女間の愛情。恋愛。
  • 大切にすること。かわいがること。めでること。
  • 〔キリスト教〕 神が、全ての人間をあまねく限りなく いつくしんでいること。アガペー。
  • 〔仏教〕 渇愛、愛着(あいじゃく)、愛欲。「十二因縁」の説明では第八支に位置づけられ、迷いの根源として否定的に見られる。

日本の古語においては、「かなし」という音に「愛」の文字を当て、「愛(かな)し」とも書き、相手をいとおしい、かわいい、と思う気持ち、守りたい思いを抱くさま、を意味した。
近代に入り、西洋での語義、すなわち英語の「Love」やフランス語の「amour」などの語義が導入された。その際に、「1. キリスト教の愛の概念、2.ギリシア的な愛の概念、3. ロマン主義小説の恋愛至上主義での愛の概念」などの異なる概念が同時に流れ込み、現在の多用な用法が作られてきた。


キリスト教において最大のテーマとなっている愛と言えば、まずなによりもアガペーである。 そのアガペーとはいかなるものなのか、その特質を説明するにあたって、キリスト教関連の書物や西欧文化圏の書物では、あえて4種類の感情(すでに古代ギリシア時代から考えられていた4種類の"愛"、いずれもギリシア語表現。)について説明していることが多い。
ストルゲー(英語版) στοργή storgē
キリスト教では家族愛。(古代ギリシアでは風、火、水、土を結合させる愛、であった。)
エロス  έρως érōs
キリスト教では性愛。(古代ギリシアでは自己を充実させる愛、であった。)
フィーリア φιλία philía
キリスト教では隣人愛。友愛。(古代ギリシアでは友人の友人に対する愛。[注 1])
アガペー αγάπη agápē
キリスト教では真の愛。(古代ギリシアではあるものを他よりも優遇する愛、であった。)


自己愛
社会的な人間にとって根源的な愛の形態の一つ。自分自身を支える基本的な力となる。 
生まれてきたばかりの赤ん坊は、保護者と接しながら自己と他者の認識を形成する。その過程で(成人するまでに)自身が無条件に受け入れられていると実感することが、自己愛の形成に大きく関与している。「自分が望まれている」事を前提に生活できることは、自身を大切にし自己実現に向かって前進する土台となり得る。また、自己に対する信頼が安定すること、自分という身近な存在を愛せることは、その経験から他者を尊重することにも繋がる。
心理学者らからは、自己愛が育って初めて他人を本当に愛することができるようになる、としばしば指摘されている。自分を愛するように、人を愛することができるという訳である。自分を愛せない間は、人を愛するのは難しいと言われる。
しかし子供によっては、虐待されたり、自身の尊厳を侵されたりするような環境に置かれることがある。この場合、その子供は努力次第で逆境に打ち勝ち、人格者に成長する可能性もあるし、自己愛が希薄な自虐的な性格になるなど可能性もある。もし後者で自己愛を取り戻すには、自身が無条件で受け入れられていると強烈に実感する体験がかぎの一つとなる。
周囲から見て精神的に未熟な者が、恋愛の最中に「恋している自分に恋している」と評されることがある。これは、対象を愛して(気分が舞い上がりなどして)いる自己に酔っている、また、パートナーがいるという優越感に浸っている状態を揶揄するものである。しかし、本人の認識も、他者も、恋愛の対象も、全面的に真に相互的な恋愛感情を抱いていると誤認しやすい。



男女間・(同性愛者における)同性間の愛は、日本語においては恋という特別な言葉でも表現できる。愛とほぼ同じ意味で使われることも多い。しかし、恋は必ずしも人間に対してのみ持つ感情ではない。植物、土地、歴史等を恋しく思う場合にも用いられる。
恋と愛の両方を英語ではLoveと表現する。英語におけるLoveと日本語における恋と愛はイコールではない。これは両言語を用いる各種族の歴史観、宗教観、思想の相違による。日本語において「ラブ」「Love」は若者の言語や芸術では恋、愛両方を表す言葉として頻繁に用いられている。

サルトルによれば、情動émotionとしての怒りは非反省的意識であるのに対して、情動passonとしての憎しみは、情動に向けられた反省的意識によって構成された超越的対象である。憎しみは、怒りや反発など無数の意識に対する過去および未来にわたる一つの信任であり、これらの無数の意識の超越的統一である。しかし、日常の不純な反省にあっては、「私がかれに反発するのは憎いからだ」とこの関係は逆転され、憎しみは怒りや反発が流出する源としてとらえられる。
プラトンは、エロスは神々と人間との中間者であり、つねに欠乏し、美しいものをうかがい、智慧を欲求する偉大な精霊(ダイモン)であるという。生殖の恋も愛智としての恋も、ともに不死なるものの欲求である。恋の奥義は地上の美しいものどもの恋から出発して、しだいに地上的なるものを離れ、ついに永遠にして絶対的な美そのものを認識するに至ることにある
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