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カニバリズム(英: cannibalism)は、人間が人間の肉を食べる行動、あるいは宗教儀礼としてのそのような習慣をいう。食人、食人俗、人肉嗜食、アントロポファジー(英: anthropophagy)ともいう。
なお、文化人類学における「食人俗」は、社会的制度的に認められた慣習や風習を指し、一時的飢餓状態下の緊急避難的な場合や精神異常による食人を含まない。また、生物学用語では種内捕食(いわゆる「共食い」)全般を指す。転じて、マーケティング用語で自社の製品やブランド同士が市場を食い合う状況を指す。

文化人類学による説明
特定の社会では、対象の肉を摂取することにより、自らに特別な効果または栄誉が得られると信じられている場合がある。しばしばその社会の宗教観、特にトーテミズムと密接に関係しており、食文化というよりも文化人類学・民俗学に属する議題である。自分の仲間を食べる族内食人と、自分達の敵を食べる族外食人に大別される
族内食人の場合には、死者への愛着から魂を受け継ぐという儀式的意味合いがあると指摘される。すなわち、親族や知人たちが死者を食べることにより、魂や肉体を分割して受け継ぐことができるという考えである。すべての肉体を土葬・火葬にしてしまうと、現世に何も残らなくなるため、これを惜しんでの行いと見ることができる。
族外食人の場合には、復讐など憎悪の感情が込められると指摘される。また族内食人同様、被食者の力を自身に取り込もうとする意図も指摘される。
なお、タンパク質の供給源が不足している(していた)地域では、人肉食の風習を持つ傾向が高いという説がある。実際に、人肉食が広い範囲で見られたニューギニア島は他の地域と比べ豚などの家畜の伝播が遅く、それを補うような大型野生動物も生息していなかった。

薬用としての人肉食
死者の血肉が強壮剤や媚薬になるとする考えも欧州はじめ世界中に見られ、これは族内食人の一環として説明する研究者もいる。人間のミイラには一種の漢方薬として不老不死の薬効があると信じられていて、主に粉末としたものが薬として飲用され、日本にも薬として輸出されていた。また中国や日本では肝臓や脳などを薬にして摂取していた。現在でも胎盤は健康や美容のために食される。

緊急事態下での人肉食
緊急避難の一環として古今東西しばしば見られる。近年の大規模な例としては1972年のウルグアイ空軍機571便遭難事故が挙げられ、遭難した乗客らは、死亡した乗客の死体の肉を食べることで、救助されるまでの72日間を生き延びた。このような事例は厳密にはカニバリズムには含まれないが、しかし常習化すればカニバリズムと捉えることができる。
例として、1846年アメリカ合衆国において、開拓者のキャラバン・ドナー隊のシエラ・ネバダ山脈山中トラッキー湖畔における遭難事故は、遭難の発覚までに既に隊の中で死亡者を食べるという緊急避難措置が行われていた。さらに悪天候や当時の救助技術により完了するまでに長期間、数回に分けての救助となった。ところが、最後の被救出者は、先の救出作業の際に渡されていた牛の干し肉があったにもかかわらず、共に残った婦人の肉を食べていた。これは緊急避難が人肉嗜食に転じた典型例である。彼はその婦人の殺害を疑われたが証拠不十分で放免された。

人肉嗜食
人肉嗜食とは、特殊な心理状態での殺人に時折見られる人肉捕食等のことで、緊急性がなく、かつ社会的な裏づけ(必要性)のない行為である。多くは猟奇殺人に伴う死体損壊として現れる。文明社会では、直接殺人を犯さずとも死体損壊等の罪に問われる内容であり、それ以前に、倫理的な面からも容認されない行為タブーである食のタブーとされる。そしてタブーとされるがゆえに、それを扱った文学・芸術は多く見られる。
またカニバリズムはしばしば性的な幻想をもって受け止められ、またそのようなフェティシズムを持つ者も多数存在する。
パリ人肉事件がある。犯人の佐川一政は自著の中で、女生徒の肉を「まったり」と「おいしい」と記述し被害者に憎しみはなく憧れの対象であり、事件時の精神状態は性的幻想の中にあったと記述している。

スペイン北部のアタプエルカ遺跡で発掘された「最初のヨーロッパ人」の遺骨から、この先史人類たちが人肉を食べており、しかも、とりわけ子どもの肉を好んでいたことが明らかになった。遺骨などの分析によると、食人は、儀式としてではなく食用で行われていた。当時、食料や水は豊富にあり、イノシシやウマ、シカの狩猟も可能であり、食料不足で食人が行われたのではなく、敵対する相手を殺し、その肉を食べたと言われている

肉を食べたわけではないが、1805年のトラファルガー海戦で戦死したイギリス海軍のホレーショ・ネルソン提督の遺体は、腐敗を防ぐためラム酒の樽に漬けて本国に運ばれたが、偉大なネルソンにあやかろうとした水兵たちが盗み飲みしてしまったため、帰国の際には樽は空っぽになっていたという。この逸話からラム酒は「ネルソンの血」と呼ばれることがある。

アメリカ大陸では宗教的儀礼として広く人身御供が行われていた。アステカ文明では生きた状態の生贄から黒曜石のナイフで心臓を抉り取り、神に捧げていた。そして体の部分は投げ落として切り刻み、トウモロコシとともに煮込んで食された。食すことが許されたのは上流階級のみだった。

日本には綏靖天皇が七人の人を食べたという故事(『神道集』)をはじめとして、伝説の酒呑童子説話中の源頼光一行や、安達原の鬼婆の家に立ち寄った旅人など、説話にカニバリズムが散見される。
「遠野物語拾遺」第二九六話と第二九九話には、遠野町で5月5日に薄餅(すすきもち)を、7月7日に筋太の素麺を食べる習慣の由来として、死んだ愛妻の肉と筋を食べた男の話が記録されている
随筆『新著聞集』では、元禄年間に増上寺の僧が葬儀にあたって死者の剃髪をした際、誤って頭皮をわずかに削り、過ちを隠すためにそれを自分の口に含んだところ、非常に美味に感じられ、以来、頻繁に墓地に出かけては墓を掘り起こして死肉を貪り食ったという話がある
確実な記録には江戸四大飢饉の時に人肉を食べたというものがある。

薬としての人間の内臓
人間の内臓が、民間薬として食されていたという記録がある。
江戸時代、処刑された罪人の死体を日本刀で試し切りすることを職とした山田浅右衛門は、死体から採取した肝臓を軒先に吊るして乾燥させ、人胆丸という薬に加工して販売したとされる。当時は人胆丸は正当な薬剤であり、山田家は人胆丸の売薬で大名に匹敵する財力を持っていたと言われている。
1870年(明治3)年4月15日付けで、明治政府が人肝、霊天蓋(脳髄)、陰茎などの密売を厳禁する弁官布告を行っている。しかし闇売買は依然続いたらしく、たびたび事件として立件、報道されている(東京日々新聞など)。作家の長谷川時雨は明治中期の話として「肺病には死人の水-火葬した人の、骨壺の底にたまった水を飲ませるといいんだが…これは脳みその焼いたのだよ」と、「霊薬」の包みを見せられて真っ青になった体験を記している。
昭和40年代まで全国各地で、万病に効くという伝承を信じて、土葬された遺体を掘り起こして肝臓などを摘出して黒焼きにして高価で販売したり、病人に食べさせたりして逮捕されていたことが新聞で報道されている。
このような人間の内臓が薬として利用されていたことについては、いまだ明らかにされてはいないが、曲直瀬道三の養子曲直瀬玄朔は医学書『日用食性』の中で、獣肉を羹(具がメインのスープ)、煮物、膾、干し肉として食すればさまざまな病気を治すと解説しており、肉食が薬事とみなされていたことを示しているし、また漢方薬(東洋医学)においては、熊の胆は胆石、胆嚢炎、胃潰瘍の鎮痛、鎮静に著効があるといわれ、金と同程度の価値がある高価な薬品だった。江戸中期の古方派の医師後藤艮山は熊胆丸を処方して手広く売り出したといわれる。また中国からこのような薬学的な考えがつたわったともされる。
また現在でも、胎盤が健康や美容によいとして世界各地で食されている。

骨かみ
葬儀の場面でお骨を食べる社会文化的儀礼または風習としての「骨かみ」は、現在も各地に残っている。確認されている地域では、愛知県三河地方西部、兵庫県淡路島南部、愛媛県越智郡大島、新潟県糸魚川市。長寿を全うした死者や人々に尊敬されていた人物などが被食対象となっていることから、死者の生命力や生前の能力にあやかろうとする素朴な感情が根底にあるとみられる。最愛の配偶者の遺骨をかむことは、強い哀惜の念からと思われ、これらは素朴な感情表出として受けとめられている。

中国
小室直樹の評するところによれば、中国では古代から近世にかけて食人の習慣が非常に盛んであった。中国が他文化の食人と比べ異質なのは、食人が精神異常行為・宗教的行為・飢餓時の緊急避難行為などではなく、きわめて日常的な食文化として根づいていたとする。膨大な文献が中国における日常的な食人行為を伝えているが、中国人の道徳規範である儒教と道教は、食人についてまったく触れておらず、これは食人が中国文化において認容されていることを示している
古くは『韓非子』に「紂為肉圃、設炮烙、登糟丘、臨酒池、翼侯炙(あぶり肉)、鬼侯臘(干し肉)、梅伯醢(塩漬け肉)」という記述が見られる。もっともこの「醢(かい)」なる言葉は塩漬け全般を指す語でもあり、獣肉の料理を指すこともあれば、見せしめのために塩で防腐した遺体を指すこともあり、必ずしも人肉食を指さない。
黄文雄は食人の記録から、中国人は「人食い人種」であり、「食人文化は、中国四千年の歴史を貫く伝統」であるとし、また、孔子がかなりの人肉好きだったとする。
小室直樹は「孔子は人肉を好んでいた」「当時の食人は中国社会ではごく自然な行為であった」という説を支持している。小室によれば、この食人と纏足、科挙の三つは、日本に全く伝わらず、また日本人はそれらを全く理解できないと言っている。
小室は孔子のエピソード以外に、名君といわれた斉の桓公が「自分はいろんなものを食べてきたけどまだ人間の赤ん坊を食べたことがないな」と言ったのを聞きつけた料理人の易牙が自分の子供を調理して桓公を満足させたことをあげ、この桓公と易牙の有名な件を儒家も道家もまったく非難していない(つまり中国社会では道徳違反にあたらない)と指摘している。また三国志では劉備が支援者の民家に宿泊した際、その家の主人が自分の夫人を殺害して調理もてなし、劉備が「感動」したという話を紹介し、「中国社会で親戚を殺して調理しもてなし料理とすることは、最高の礼儀でさえあった」としている。ただし、この小室の意見は一般庶民の間で家庭料理的に人肉が食べられていた居た事の証明にはならず、最高の礼儀だった根拠は無い。また、同小説の原文には「不勝傷感」とあり、「感動」したのではなく、心を痛めて堪え切れず涙を流しているという文脈であり、正確ではない。
明の時代の李時珍による『本草綱目』人部には、人肉をはじめ人間由来の漢方薬が記されている。特に宮廷を中心として、女人の血から作った薬(仙丹)が強壮剤としてもてはやされた。不妊で悩む世宗の代には、宮女に投薬してまで出血を強要したため、多くが衰弱死したという。
なお、現在の中国では食人はタブーとされており、違法である。
ただし、近年でも人肉を薬として信じ、滋養強壮や若返りの効果があると信じて服用されているケースがある。


家畜のカニバリズム
肉食の習慣や、いわゆる「共食い」とは違うが、豚の「尾かじり」や「耳かじり」・鶏の「尻突き」など、群れで飼育する家畜・家禽同士で、傷ついたり弱ったりした個体を(口を使って)集団で攻撃し、結果として死に至らせる行動も畜産学・動物行動学上では「カニバリズム」と呼ばれている。これらの行動は環境探索本能の転嫁と密飼いによるストレスが原因と言われており、遊具等の投入による欲求不満の解消や飼育密度の低減によってある程度の抑制が可能である。また近年では、畜産物残渣の再利用という名目で肉骨粉などを飼料に混ぜることもあり、家畜が人間によって意識しない形でカニバリズムをさせられる形となり、BSE(狂牛病)という感染症を発生させる結果となった。

自然界でのカニバリズム
cannibalismを動物が同種の他個体を食べる共食い(種内捕食:intraspecies predation)の訳語としてとる場合、共食いはアリやシロアリ等の社会性昆虫では頻繁に見られ、食料欠乏の場合には、幼虫・成虫が卵やさなぎを捕食する(飢餓状態に置かれれば、チョウの幼虫などの草食動物も共食いをする)。繁殖のためではなく、幼生に栄養を補給する目的で無精卵(栄養卵 Trophic Egg と呼ばれる)を産む行動は、カエル、ハキリアリ(Atta sexdens)、クモなどに見られる。無脊椎動物や魚類など、成体と幼生(あるいは大きさの著しく異なる雄と雌)が同じ地域(同じ生物群集内)に生息する雑食動物や肉食動物の間では、食物ピラミッドの中では小さな個体が大きな個体の下に位置するため、カニバリズムが頻繁に起こりうる。そのような場合、カニバリズムが個体群数の周期的変動につながる例も多い。
カニバリズムは無脊椎動物や魚類、両生類だけではなく鳥類や哺乳類等の高等動物にも見られる行動であり、チンパンジーの子殺しに伴う共食いなどのように霊長類も例外ではない。自然状態での家畜とは異なるストレス以外のカニバリズムの理由としては、えさとしての価値に重点がある場合と同種個体を殺すことに重点がある場合、その両方を兼ねる場合があるが、チンパンジーの例ではその意義が未だよく解明されていない。

フィクションにおけるカニバリズム
古来より、カニバリズムは説話や童話・民話などでもモチーフになっている。
  • 赤ずきん
  • かちかち山
  • 強盗のおむこさん
  • 百槇の話
小説や映画などカニバリズムを扱った作品は多数ある。ジョナサン・スウィフトは風刺として『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』において貧民の赤子を1歳になるまで養育し、アイルランドの富裕層に美味な食料として提供することをアイルランドの窮状解決策として提案した。
ほか マルキ・ド・サド『食人国旅行記』、フローベール『サランボー』、H・G・ウェルズ『タイムマシン』、エドガー・アラン・ポー『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』などがある(その他は参考資料を参照)。
美術でもゴヤ『我が子を食らうサトゥルヌス』などがある。
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